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上原浩治巨人復帰の背番号は何番?19にこだわる理由

上原選手は結局、背番号11を身につけての巨人復帰となりました。(2018年3月10日追記)

どうも、颯介です!!!

今回も日常生活などの中で、気になったことについて独自の視点でどんどん切り込んで行きたいと思います。

それでは早速参りましょう!

さて、今回取り上げるのは、アメリカ大リーグのカブスに所属していた上原浩治(うえはらこうじ)投手の巨人復帰についてです。

上原選手は、大リーグのカブスからFAとなって、メジャー契約を希望してきましたが、かなわず既にアメリカでの代理人には日本復帰の意志を伝えたと言います。

そしt、え上原選手が日本球界に復帰する場合、古巣の巨人(読売ジャイアンツ)への入団が濃厚です。

上原選手本人としても、そのほうが何かとやりやすいでしょうし、古巣にはやはり愛着もあることでしょう。

巨人サイドも、「巨人への上原選手の復帰はファンも喜んでくれる」と語っているそうです。

よほど何かの横やりでも入らない限り、このまま巨人に復帰するのが濃厚そうです。

そうなった場合、気になるのは、巨人でつける背番号です。

いったい何番をつけるんでしょうね~?

そこで、今回は、上原選手のプロフィールや経歴について振り返った後に、巨人に復帰した場合の背番号が何番になるのか考察してみたいと思います。

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上原浩治プロフィール


出典:wikipedia(シカゴカブス時代)

本名:上原浩治(うえはらこうじ)
性別:男性
生年月日:1975年4月3日 ※記事執筆の2018年3月時点で42歳
出身地:大阪府寝屋川市
身長:188cm
体重:88kg
ポジション:投手
投球・打席:右投げ右打ち
出身:東海大学仰星高等学校⇒大阪体育大学

上原選手は、誕生日が1975年4月3日です。
実は、これは巨人の高橋由伸監督とまったく同じ誕生日なんですね!

なんかちょっと運命的なものを感じますね。

上原選手と高橋由伸監督は親友ともいえるくらい仲もいいみたいですので、スムーズに巨人に収まるんじゃないでしょうか。

あと、年代こそ違えど、奇しくも今年中日に移籍して話題になっている松坂投手(当時は横浜高校)と同じ年にドラフトの目玉として注目されていたのです。

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上原浩治の経歴

1991年、東海大仰星高校に入学します。
高校時代は、外野手兼控え投手というポジションでした。

1995年、東海大仰星高校から1浪して、大阪体育大学へ進学します。

大学時代には、

・阪神大学リーグで通算36勝・完封13のリーグ記録を残す
・1試合21奪三振を記録
・ノーヒットノーランを記録

など、活躍します。

また、日本代表として出場したインターコンチネンタルカップ決勝で、先発し勝利投手となり、国際的にも注目されます。

1998年、メジャーリーグ4球団を含む複数球団からの勧誘を受けつつも、逆指名し、巨人に入団します。(当時、長嶋茂雄監督)

・いきなりメジャーでやる自信が当時はまだなかったこと
・巨人が上原選手に一貫してラブコールを送り続けていたこと
・上原選手の父親が巨人ファンであったこと

から、巨人逆指名にいたったということです。

2004年、アテネオリンピックに日本代表として出場します。

2006年、WBCに日本代表として出場します。

2008年、北京オリンピックに日本代表として出場します。

2009年のオフに、FAでアメリカ大リーグ、ボルティモア・オリオールズに移籍します。

2011年、テキサス・レンジャーズに移籍します。

2013年のボストン・レッドソックス時代には、押さえでリーグ優勝決定戦MVPを獲得します。
また、ワールドシリーズも制覇し、日本人初の胴上げ投手になりました。

2017年、シカゴ・カブスに移籍します。

2018年、FA後、現在に至ります。

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上原浩治が巨人に復帰する場合の背番号は何番?

上原選手は、以前巨人に在籍していたときには、背番号は入団時自ら希望した19番を付けていました。

この19番には、特別な意味があるといいます。

それは、大学受験に失敗して浪人生活を送った19歳の1年間を忘れないようにという意味です。

上原選手は、元々、高校卒業現役の時から自宅から通える自由な校風に憧れ、大阪体育大学を志望していました。

ところが、野球漬けでまったく勉強してこなかったため、浪人して中学レベルからやり直すことを決め、午前9時から午後5時まで毎日予備校で勉強していたといいます。

その後、1浪で見事に大阪体育大学に入学しますが、このときの苦しかった経験を忘れないように、当時19歳だった浪人時代になぞらえ、背番号19番を希望したと言います。

巨人からFAで、大リーグにわたった後も、オリオールズ、レンジャーズ、レッドソックス、カブスと所属してきた全球団で背番号19を身につけプレーしています。

これだけ、19に特別な意味を持たせ、一貫して背番号19を身につけてきたのですから、上原浩治選手が巨人に復帰した際には、やはり背番号19を身につけることになるでしょう。

現在、巨人では背番号19は、菅野智之選手が2013年から身につけていますので、調整が必要ですが、ファンサービスの意味でもなんとか調整して、上原選手が背番号19を身につけられるようにするのではないでしょうか。

ただ、菅野選手がおとなしく譲るかどうかという問題もあります。

ルーキーならまだしも、2017年に沢村賞を獲得する程の活躍をする巨人のエースともいえる現在の菅野選手に背番号を変えさせるようなことは球団もしないかもしれません。

個人的には、これまでずっと「19」で貫いてきた上原さんに、また背番号19を付けさせてあげたい気もしますが、上原選手からも積極的には、「背番号は19にしたい」とはいえないでしょうね。。。

その場合は、空いてる番号で「11」あたりかもしれません。

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まとめ

上原選手は、所属する球団全てで一貫して背番号19を背負ってきました。

この19には、一番辛かった大学受験の浪人時代の19歳のときの経験を忘れないためにという意味が込められています。

このことを考えると、現在巨人で背番号19を身につけている菅野選手がいるので、調整は必要ですが、やはり最終的には、巨人に復帰する場合は背番号19を身につけるのではないかと思います。

ただ、現在、菅野選手が19を付けている以上、簡単にはことが運ばないかもしれず、その場合は、空いている番号である「11」あたりになるという可能性もありそうです。

メジャーリーグにわたって活躍した後に、再び日本にもどってプレーする選手というのはこれからももっとどんどんと出てくると思います。

その場合、年齢的なものもあったりして、なかなかパッとした活躍ができない選手もいたりしますが、後進の育成も含めて、メジャーを経験してきた選手はいろいろな影響を日本球界に与えることができると思いますので、これからも上原浩治選手には頑張って欲しいと思います^^

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